営業職
30代に差し掛かる直前。頑張りが分自分の給与に反映される営業職へ転職。
夢を見て入ったものの、初日に通過儀礼の100枚名刺交換の苦行。それからも飛び込みとテレアポの日々。
上司は年下で中々うだつが上がらない私は、職場で居場所がなくなり始めていた。同期の女性は着実に営業成績を上げているのに、気持ちだけが焦るばかり。一番最後まで職場に残って作業していても、ただただ辛いだけ。
周囲との隔たりも深くなり、精神的にも塞ぎ気味になってきたので、「自分には合わなかった」と潔く辞職をした。

次
晴れてニートになった私は、今後どうするのか考えた。
営業職は自分には合わないし、接客業は嫌だ。人と接しない職業は何かと考えた末に、ドライバー職に白羽の矢がたった。 “荷物を運ぶだけ” それほど人に関わることはないと安易に考えた結果だ。
運転歴は、近くのスーパーに買い物へ行く程度。
そんな私でも、調べるとハローワークの教育訓練給付金制度の存在を知った。取得したい資格のコースを受講終了後に、ハローワークから20%の助成金を貰えるというものだ。
ただちに持っていた大型バイクを売却して、得たお金で免許を取りに走った。

合 宿
栃木県にある自動車学校へ到着。
申し込んだコースは複数分けて、大型二種、大型一種、牽引、フォークリフト、大型特殊の都合5つである。合宿で通算1か月程度入寮することとなった。
支出を抑えるために1部屋に4人泊まれるコースを選択。各々の仕切りはカーテン1枚だけ。部屋にあるのは机とベッドとテレビ。他には共同の風呂、トイレと掘りコタツがある小さな部屋のみ。
学科と実技の時間以外は、みんな部屋に閉じこもっているので、顔を合わせることは殆どなく、一方的に不安が募る。煩くして不用意なトラブルを起こさないように、生活音を極力立てずに気を遣いまくりながら過ごす日々にストレスを感じずにいられなかった。
特にお風呂は誰がどのタイミングで入るのかわからないので、早めの夕食を済ましてすぐに入るか、他の居住者の音を聞き大丈夫だと感じる瞬間にそそくさと入っていた。

仲 間
合宿ということもあり、常に同じ人達と実技や学科を行った。
私を含めて遠方から来ている人が多数を占めていて、話しのネタは「どこからきたんですか」が鉄板。声をかけて仲良くなった人が、実は同じ部屋の居住者だと知りびっくり。
部屋に戻ってからも小声ではあるが、プライベートも含めて色々話すことが出来て一人で居るという寂しさは薄れた。
24時間寝食を共にしていく内に、免許取得という同じ目標に向けて3人の知り合いが増えていった。

実 技
特に後方間隔が上手くいかずに、みんな四苦八苦していた。
目標物の50㎝以内を目掛けてバックするのだが、バックカメラはついていないので、己の深視力が頼りだ。
チキンハートでバックしていると、80㎝も離れていたり、すけべ根性を出すと目標物にぶつけてしまったり。ちなみにぶつけたら即OUT。
この問題に対処するために、「路面の青く汚れたところまで下がれば大丈夫」「地面に少し出来ている窪みまで下がれば大丈夫」4人で知恵を出し合い、深視力以外で勝負できるように試みた。

学 科
勉強を始めてすぐ思ったのが、普通免許取得時に道路標識など一通り覚えたはずの内容を忘れていたことだ。普段から如何に標識を注意深く見てないかを思い知らされた。
自習室にあるPCで、一問一答形式の試験勉強が出来たので、1日の授業が終わった後に4人で集まって勉強の日々。試験場での試験とは違うが、自動車学校の効果測定に合格しなければ卒業が出来ない。
最初は和気あいあいとした雰囲気でやっていたものの、試験日が近づくにつれてみんな口数が少なく真剣になっていった。
それでも、正解できなかった箇所を教えてあげたり、自分なりの覚え方のコツを共有しあい、励まし合いながら試験通過の目標に向かって切磋琢磨していた。

検 定
学科はPCで一問一答形式を暗記するまでやりこんだので、みんな合格することが出来た。
実技は各々不得意な課題があるので、クリアできるか不安な面持ちだったが、「絶対に受かろう、大丈夫」とお互いを励まして実技に挑んだ。
実技の緊張する理由は順番待ちであろう。
2人の試験官につき、2人しか受けられないので、他の生徒はひたすら待っているしかない。待っている間に膝がブルブルしてくるし、もし失敗したらと頭に不安がよぎり、お互い励まし合った気持ちが下降していった。
自分の番になり、運転席に乗り込んだらさっきまで感じていた不安よりも、 “次に何をするべきか” と “どう車体を操舵するか” を繰り返すことに精一杯。
なんとか全ての課題をクリアして運転席から降りた時には、全身から力が抜け落ちるぐらいの解放感があった。

卒 業
晴れて4人とも自動車学校の卒業式を迎えることになった。
私は複数の資格取得をするために、他の3人よりも卒業時期がずれてしまったが、みんなでお互いを称え合った。
学校の職員さんにお願いをして、4人で学校入口に並んで撮った写真が一番の思い出。
免許が取れた暁にはどんな職業に転職するのか色々語りあったが、みんなどんな仕事に就いているのであろうか。
介護職に就いていたH。産廃業に勤めているS。ロケバス運転手を目指すY。
あの時に4人で一緒に過ごした日々を忘れることはないだろう。
t151著
因数分解の動画