保育士に合格した話し

新人保育士奮闘記

あらすじ

私の知り合いにベテランの保育士がいる。

幼い頃から子供が好きで、将来は子供に関する仕事に就きたかったという彼女。彼女は夢をかなえるために、大学で保育士の資格を取得。

卒業後にA保育園に就職を果たした。そんな彼女が夢を果たした後、どのようになったのかを話したいと思う。

 

A保育園

晴れてA保育園に入社した彼女。

その当時22歳。憧れの世界に入ったものの、思い描いていた保育像とは何か違かった。

子供には刺激のあるテレビを見せて、夢中にさせる手法を用いることが多々あり、外に出て元気よく遊ぶことは稀なことだった。

保育士目線で考えると、テレビを見せておけば子供が集中してくれるから、手を焼かないうえに、その間に保護者向けの書類作成等に時間を割けるのである。

保育士の楽をとり、保育の矢印が子供へ向いていない方針に違和感を感じた彼女は、1年間務めたA保育園を退職した。

 

理想の保育とは

自分が追い求める保育とは何なのか。幾つもの保育園に顔を出して見学を行った。

所帯が小さいところは、外で遊ぶ環境が満足に揃っていると言えず非常に閉鎖的。

見学を経ていく内に、彼女は自然豊かな環境と、興味がそそるテレビで一時しのぎをするのではなく、子供が外でのびのびと遊べる環境がある保育園で働きたいと気が付いた。

 

B保育園

とある保育園に目が止まった。

保育園のフロアが全て木材で作られている暖かい環境。園庭も広く子供が元気よくはしゃぎ回る自然な風景に感銘を打たれた。

園長に話を通したところ、アルバイト枠で採用を許可される。

晴れて彼女の理想と思える保育園に入社して待っていたのは、ひたすら雑用を命じられる日々だった。

保育室の清掃、汚れたオムツの洗濯、厨房で食材カットの手伝い、先輩が指示する業務のあれこれ。気が付けば、最初の1年間は雑用業務であっという間に過ぎていった。

彼女の偉いところは、ただ単に雑用をこなすだけではなく、「どのようにしたら効率良く作業できるのかな?」と常に考えて作業速度と精度を上げていったことだ。

更に、雑用をこなしながら、先輩方の動きを逐一観察。どのような保育をしているのか、次に何をすればよいのか、現場の流れを徐々に掴んでいった。

2年目からは、先輩から指示されるのを待つのではなく、先回りして仕事が出来るまでに成長。決して腐ることなく、愚直に業務に打ち込んだおかげもあってか、次第に保育を任されるようになる。

1年間の下積み時代の経験から、誰がどのように動くのか客観的に見えるようになり、メキメキと保育を磨いていった。

 

転換期

気が付けば勤続10年。

主任保育士も経験して、後輩の指導を任される頼もしい職員へと成長していった。職場での地位が安定してきたが、自身の妊娠から出産を期に環境の変化が訪れる。

世間一般的には赤ちゃんの誕生というめでたい話。

実際は、育休の長い休暇から復職しても、子供が熱を出したら仕事を休まざるを得ない現実。職場に穴を空けてしまうことが、彼女には「申し訳ない」気持ちに駆られていた。

育休取得の背景には、もともと人員が不足している最中に育休が重なってしまったので、余計に彼女の気持ちを助長させたのである。

傍から聞いていれば、”子供の体調不良で休むのは仕方がない”と思えるが、彼女の仕事に対する責任感から自分を責めるようになってしまった。また、彼女は両親からの援助を受けられない環境下にもあり、『一人で頑張るしかない』追い詰められた精神状態にもあった。

同僚は、「大丈夫だよ」と声を掛けてくれるが、内心どう思われているかわからない不安。長年所持していた有給も使い果たしてしまったので、正社員からパート勤務へ止む無く自ら変更を申し出た。

 

新たな目標

出産後の育児と仕事をこなしていく内に、彼女に新たな気持ちが芽生え始めた。

子供と向き合う仕事への楽しさや、やりがいは失ってはいないが、自身の産前産後の大変さを活かせないかと考えるようになった。早速、産前産後の女性へ何かサポートができないか探していたところ、産後ドゥーラという仕事を見つけた。

簡単に言えば、産後のお母さんを育児と家事の両面からケアをする職業である。

仕事に就くためには、産後ドゥーラの資格を取る必要があった。週に1回4カ月間の研修を経て、晴れて産後ドゥーラと名乗れるのである。

B保育園をパートで勤めつつ、資格取得に励むのが現在の彼女の目標。

保育士として長年磨いてきた子供への保育力、産前産後の自身の体験も合わさって、良い産後ドゥーラになってくれると期待。

新たな目標のために頑張る彼女を、これからも応援していきたい。

188著

最短1ヶ月で動画編集スキルが身につく!動画編集スクール
因数分解

因数分解の動画