特技で大学を目指した話し

絶対に挫けない!地道な努力でつかんだ夢。

絵が大好きな親友

私の幼馴染で親友の恵美は、昔からアニメや漫画が大好きな女の子。

彼女は想像力が豊かで絵がとても上手い子でした。

同年代の子たちが流行りのアニメや漫画のお絵描きで楽しんでいる中恵美はオリジナルキャラクターを登場させた自作の漫画を描いていました。

私は彼女の描いた絵も漫画も大好きで、描いたものを見せてもらったり、創作ストーリーを聞かせてもらったりしていたのをよく覚えています。

将来の夢

小学生の頃、授業で“将来の夢”を一人ずつ発表する時間がありました。

警察官や消防士になりたい男の子。パティシエや花屋さんになりたい女の子。

みんな素敵な夢なんだけど、ちょっと普通……。

そんな中恵美は一人、当時小学二年生とは思えないくらい具体的な夢を語っていました。

「私の将来の夢は、○○会社に入ってアニメのスタッフロールに載ることです!」

その発表を聞いていた先生は、

「素晴らしい夢だね!」

と、恵美の夢をとても感心していました。

しかし、周りと少し違う恵美の将来の夢に、クラスの中からはクスクスと笑う声が聞えてきました。

それに恵美も気づいたのか、少し悲しい顔をしていたような気がします。

発表の時間が終わった後、恵美は私の所へ来て、

「なんか変なこと言ったかな?」

と、少し落ち込み気味で話してきました。

「そんなことないよ!」

と私が彼女に言っても、なんだか心は別の所にあるような感じ。

私は常日頃から彼女のそばにいてずっと見ていましたが、その日以降、彼女が周りに将来の夢を語ることはほとんどなかったと思います。

地道な努力

他の誰にも将来の夢を語らずひたすら一人で黙々と絵を描き続けた恵美。

毎日絵を描いていた恵美の画力は、中学生にもなるとすさまじいものになっていました。

美術部に入っていた彼女に一度、「スケッチブックを見せて!」とお願いしたことがありました。

そこで見せてもらった作品は、写真と見間違うくらいに完璧に描かれた鉛筆画でした。

「めっちゃ凄いじゃん!写真かと思った!」

と、私は本当に驚きました。

「ありがとう!」

と言った恵美は続けてこう言いました。

「でもまだまだダメ。もっとデッサン力をつけないと。それに美大に行くなら、他の画材でも書けるようにしなくちゃダメなんだ!」

恵美は毎日ひたすら絵を描き続けていました。

常に制服の袖は何かしらの画材で汚れていましたが、

「クリーニングに出しても、次の日にはまた汚れるから。」

と少し洗った程度。

日が経つにつれて少しずついろんな色が混ざり、美術の先生がつけているエプロンのようにカラフルになっていました。

それは日々努力し、確実に技術を身に着けているという立派な証に見えました。

 

まだ中学に入ったばかりの時に、もう既に大学のことまで考え行動している恵美。

将来の夢どころか行きたい高校すらまだ決めていなかった私にとって、彼女の姿はまるで別次元の人のように思えました。

彼女らしいやり取り

高校はそれぞれ別の所へ行った私たち。一緒に会うことは減ってしまいました。

しかしこのインターネットの時代に珍しく、私たちは毎週手紙を交換していました。

恵美は毎回いろんな絵を描いて送ってくれました。

それは恵美が日常であった面白い話や驚いた話などを漫画にしたもの。

いつもふふっと笑えるような面白いストーリーが送られてきて、私はそれが送られてくるのをいつも楽しみにしていました。

手紙によると恵美は高校でも美術部に入り、美大に行くための予備校にも通っているようでした。

その生活は恵美にとってとても充実した生活のようでした。

しかし、一緒に住んでいるおばあちゃんは恵美が美術の道に進むのを良く思っていないらしく、

「絵ばっかり描いて遊んでいないで勉強しなさい!」

と言ってきて、彼女の不満も募っているようでした。

それでも恵美の手にかかれば、そんな嫌な出来事も可愛い絵とユーモアあふれる台詞で面白い漫画に仕上がっていました。

さすがに大学受験前になるとそれもなくなってしまいましたが、高校三年生の正月には、すべて手書きの豪華な年賀状が届きました。

「受験頑張ります!」

と力強く書かれたその年賀状からは、彼女のとても強い意志が伝わってきました。

現在

恵美はその後、無事に美大へ合格。

あれからもう10年以上経ちます。

努力の成果もあり、恵美は今とあるアニメ制作スタッフの一員として働いています。

年賀状くらいしかやり取りもなくなってしまいましたが、今でも毎週彼女の名前をアニメのスタッフロールで見ることができます。

tanuki著

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