中学受験の話し

やってやれない事な無い!勉強嫌いの僕の中学受験

勉強嫌い

僕はあまり勉強が好きではない。

成績もできる教科とできない教科の差が激しい。

それは僕の好き嫌いの激しい性格によるものだろう。

 

僕は末っ子だ。

小さい頃から、2歳上の姉の後ろを歩いて育った。

両親は共働きで、母は忙しかったので、僕はいつも姉と一緒にいた。

保育園もいつも姉がいて、一緒に通っていたので、行きたくないと親を泣かせて困らせたこともない。

僕には姉がいるのは当たり前だった。

姉はいつも僕の世話をしてくれた。

僕が何かできないとすぐに手を貸してくれた。

そんな姉に頼りっぱなしで末っ子気質の僕は、あまり自分から何かをしようとするタイプではない。

 

僕の母はとても勉強にうるさかった。

小さい頃から「くもん」を習い、学校の勉強もあまり困ることもなかった。

ただ国語だけは苦手だった。

自分が仕事をしていることもあり、姉は3年生になると塾に入れられた。

同じように僕も3年生になると塾に行くように言われた。

初めは塾に行くのは嫌だったが、行ってみると面白い先生もいて楽しかったので、行くことに納得した。

塾での勉強

僕の通った塾は、補習塾だったため、初めは学校の予習復習がメインだった。

姉も同じ塾に通っていたのだが、彼女は中学受験をするための勉強をしていた。

僕はその頃まだ、中学受験がどういうものなのか知らなかった。

中学も友達と同じ所へ行くものだと思っていた。

そうして僕が小4の年、姉は中学受験をした。

そうなると、「僕はどうするのだろう?」と思うようになる。

母は、はっきりと「中学受験をしろ」とは言わなかったが、無言の圧力は感じた。

僕も、友達と同じ地元の中学に行きたいという思いもあったが、きっと受験をするんだろうなと思っていた。

4年生ぐらいまでは、塾の勉強を学校の補修だったが、5年生になると、受験用のテキストで勉強するようになった。

受験科目は国語と算数の2科目。

国語が壊滅的に苦手な僕は、算数に力を入れて勉強することになった。

受験用の算数は、学校の勉強とは全く違うものだった。

「学校でこんなの習ってない」

そう思うことが多かったが、その反面、学校の授業は簡単なものになっていった。

学校の授業

塾で受験勉強をしていたため、算数は誰よりも出来た。

5年生の時には、学年末の学力テストで、学年で唯一満点をとった。

算数ができると、周りからは「頭のいい子」扱いを受ける。

だが、算数で満点を取っても、国語は平均点以下だった。

でもその頃の僕は、国語が出来ないことに関しては全く関心がなかった。

算数が人よりできることに酔っていた。

それだけで大満足だったのだ。

国語以外の他の科目は、まずまずの成績だった。

満点は取らないまでも、母からは怒られない程度の点数は取れていた。

先生からはクラスメートの前で、

「算数の平均点は上げてくれたけど、国語の平均点は下げたね。」

と言われたが、全く気にしなかった。

今思えば、そこでもう少し国語に危機感を持っていたら良かったと思うが、結局僕は国語の成績を気にすることなく、算数にだけ力を入れていった。

受験生

こうして僕は6年生になった。

心のどこかではまだ、「みんなと一緒に地元の中学に行きたい」という思いはあったが、中学受験をして、姉と同じ中学に行くということにも妥協するようになっていた。

というのも、5年生の時、姉の中学の文化祭に行ったことがきっかけだった。

姉の中学は中高一貫のため、文化祭は中学と高校の合同のものだった。

そのため、とても賑やかで楽しかったのだ。

もう一つ、姉が吹奏楽部に入っていたため、演奏を聞きに行った時に、ドラムの演奏に感動し、「やってみたい!」と思ったのだ。

この事がきっかけで、「受験してもいい」と思うようになったのだ。

受験科目は算数と国語だった。

算数はすでに自信があったので問題なかったが、やはり国語がネックだった。

母は、国語ができるようになるための参考書や問題集を買ってきたが、なかなかできるようにならなかった。

とりあえず、取れるところだけでもということで、漢字に力を入れるようになった。

僕の受験した中学は、2科目200点満点中、100点が取れれば合格と言われていた。

国語は壊滅的に出来ない僕だったが、その分が算数で稼げるため、勝算はあった。

合格発表

受験本番に向け、とにかく過去問をこなす日が続き、迎えた本番。

100%とは言えないが、算数はまずまず出来たと感じることができた。

国語も普段よりは出来たと思う。

結果は数日後に郵送で送られてくるはずだった。

僕は、「ダメならみんなと同じ中学」という程度だったのであまり気にしていなかったが、母は落ち着かなかったようだ。

予定の日の午後になっても届かない合格通知に、心配になった母は郵便局に配送の状況を確認する電話までしたという。

結果は「合格」。

やってやれない事は無い。

毎年数人は行く私立中学だが、僕の年は他に誰も受験していなかった。

知り合いが誰もいないという不安は残ったが、結局僕は地元の公立ではなく、私立に行くことになった。

初めはいやいやだったが、同じような境遇の子はたくさんいて、すぐに友達もできた。

部活も念願の吹奏楽部に入部。

希望のドラムではなくサックスだったが、それはそれで面白い。

どうなることかと心配したが、「住めば都」とはよく言ったものだ。

結局なんだかんだ言っても楽しい中学生活を送っている。

 

noboru著

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