大学一般入試での話し

進学率の低い高校からの大学受験~教師に支えられて乗り切った私

進路

私は高校の時、比較的優等生だった。

といっても私の通っていた高校は大したレベルの高校ではなかった。

学年の半分以上は大学に進学しない。

受験勉強にはあまり向かない学校だった。

そんな環境で大学受験をするため、私は高校に入ってから必死に勉強をした。

田舎で他に高校もなく、それを補うための塾もない。

自分で勉強を進める以外に手はなかった。

入学した時はそれ程目立つ成績ではなかったが、成績が上位に入ってくると、自然と先生たちとも仲良くなっていった。

物理の先生

そんな中で、私には忘れられない先生が2人いる。

一人は3年の担任だった物理の先生だ。

この先生は2年の時に物理を教わった。

まだはっきりとした進路を決めていなかった私は、物理受験の可能性も捨てていなかったため、よくこの担任に勉強を教えてもらった。

物理はあまり得意ではなかったが、勉強の甲斐あって成績はそれなりのものだった。

しかし生物、化学、物理の3科目の中では一番苦手だと判断し、受験は生物と化学で挑戦することに決めた。

3年になり進路調査を行った時、そのことを担任に伝えると、

「せっかく去年俺があれだけ教えてやったのに、物理使わないの?」

と言われたのを憶えている。

3年になって担任になってからは、進路の相談によく乗ってもらっていた。

化学の先生

もう一人は化学の先生だ。

3年になり化学受験を決めた私は、化学の勉強に専念することにした。

自分で勉強してわからないところは化学の担当教師に尋ねるようにして勉強をしていた。

学校の授業は平均に合わせて進むため、とても受験には間に合わないものだった。

自分で学習を進め、分からないところは化学の担当教諭に教えてもらいながら受験に備えた。

しかしながら、3年になってから始めた化学を受験までに間に合わせるのは容易なことではなかった。

「授業をもっと早く進めてほしい」

そう化学の先生にお願いしたが、

「お前のレベルに合わせていたら、他は皆赤点になってしまう」

という答えが返ってきた。

授業は当てにせず、この先生に個人的に質問をすることで、独学で勉強を続けた。

受験勉強

受験が差し迫った秋口、とても受験に間に合わないと判断した私は、望みをかけて、推薦入試の受験を担任に相談した。

定期テストの評定点数は4.5を優に超えていたからだ。

しかし担任から返ってきた答えは

「お前は自力で受験しろよ。」

というものだった。

今のように推薦入試が当たり前ではなかった時代、推薦入試というのは余裕がない生徒がするものだというイメージがあったのは事実だ。

推薦で行くと入学後に苦労する。

そういう認識があった。

親も推薦入試には乗り気ではなかったこともあり、推薦は諦めた。

そして再び一般入試に向けて勉強をすることになった。

模試を受け、過去問を解く。

進路指導では、

「国立は受けないのか?」

と聞かれたが、

「5教科を仕上げる自信がないので受けません」

と答えた。

受験本番

私が大学を受験した時代は「共通一次」の時代だ。

国公立志望ならば必須だが、私立受験には必要ない。

だから私は早々に5教科は諦めて、必要な3科目勉強に絞っていた。

英語が苦手だった私は数学と化学に望みを託していた。

直前の模試では第一希望の合格は絶望的だった。

化学の遅れを取り戻せるか取り戻せないかがかかっていた。

しかし2学期が終わった時点で化学の授業は全く終わっていなかった。

独学をしていたが、やはり自分一人でやる事には限界を感じていた。

先生に教えてもらうにしても、家庭教師でも塾の教師でもない先生に時間を割いてもらうのはなかなか難しく、思うように進まなかった。

結局受験本番までに、高校範囲をすべて終わらせることができなかった。

諦めてできるところで点数を取るということに決めて本番に挑んだ。

まずは第2希望の大学から受験が始まった。

この大学には3学科に願書を出した。

最初の学科が一番偏差値が低く入りやすいものだったので、これを落とすわけにはいかなかった。

試験の手ごたえはまずまずだが、予断は許さない。

合格発表当日は一人で発表を見に行ったが、とても緊張したのを憶えている。

張り出された受験番号をどう見たらいいのかわからず、一度は「落ちた」と思った。

しかしもう一度見直すと、私の番号があった!

「受かった!」

すぐに両親と担任に電話をして合格の報告をした。

とりあえず1校合格できたことで、多少なりリラックスできた。

次に第一希望の受験があった。

しかしやはりこの大学の試験は難しく、期待したほど数学の点数が取れなかった。

化学も案の定、勉強が間に合わなかったところが出てしまった。

「落ちたな・・・。」

受験を終えた感想はそういうものだった。

思った通り第一希望は不合格。

第2希望の大学はあと2学科残っていたが、特に学科にこだわりがなかったため受験はしなかった。

こうして私の大学受験は終わった。

確かに受験までには勉強が間に合わなかったが、それでもこの二人の先生が応援してくれたことでかなり救われたことは事実だ。

私の大学受験にとって、化学の先生と担任の先生の存在はとても大きく、励みになっていたのは間違いない。

卒業してからあっていないが、今でもこの二人の先生には恩を感じているし、忘れられない先生として心に残っている。

hoejve著

 

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